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昔行った場所


海という言葉を聞くと、ぼくの頭に浮かぶのは、磯のにおいが漂う、ちょっと湿った感じの風景だ。
子供の頃、海水浴へ連れて行ってもらっていたのは、リアス式海岸特有の曲がりくねった道を走った先にある小さな入江や、点在する漁師町。そこにあったのは華やかさとは程遠い素朴さだったから、福岡の海を初めて見たとき、海はこんなに明るい場所だったんだと驚いた。
そんなふうに海の風景について考えていると、作家の小野正嗣さんを連想する。彼の生まれは大分県南部の海辺の町。自らの故郷を舞台とした作品をたくさん書いていて、その故郷を「浦」と呼んで、重要なテーマにしているのだそう。そういう、作品に影響を与える自分の原景のような場所のことを「トポス」と言うらしいが、そのような物語の舞台が、ぼくが思い浮かべる海のイメージとぴったり重なる気がするのだ。
では、自分にとってのトポスは何だろう。それを恐らく、故郷を離れた十八歳の時からずっと考えている。
生まれ育った場所が好きだとか、地元に戻りたいというノスタルジーとは少し違う、もっと言い表しにくい感覚なのだけど、そのことに改めて向き合いたいと思うようになったこの頃。
それで、子供の頃の写真を探したり、昔行った場所にまた足を運ぶということが、最近は多い。

Photography: 青木紀子